フィリピンパブの過去と現在

今から20年以上前のいわゆるピンパブの全盛期、俺には全く縁がなかった界隈である。

しかし今思い返してみれば身近な友人知人でさえ4人ピンパブにハマっていた。大きい瞳の二重瞼、褐色の肌、突き上がった尻、絶やさない笑顔、献身的な気遣い、たどたどしい日本語、男を虜にするスキンシップ全てが心地良く当時のオヤジや若者達でさえフィリピーナの虜にされたようだ。

しかしその当時の俺は、手っ取り早く済ませる風俗にしか興味がなく主に西川口の常連であり、ピーナに関心はなかった。

その4人は友人、会社の社長もう1人は先輩と同級生の父親(ピンパブ経営)だ。4人に共通する事は皆最後は悲惨な結末を迎えると言う事だ。ここではその内の1人、友人についての実際にあった話しである。

当時の彼は24か25で既婚、まだ2歳にもならない子供と妻を残して飲み歩いていた。当時は日本中の小さな街でさえ至る所にピンパブがあった。

興味のない俺にとってそのネオンは雑踏の闇を照らすただの照明にしかすぎなかった。

しかしきっかけ一つで考えも変わるのである。当時の彼は同僚との飲みの延長で誘われて入店し、1時間のつもりがどハマりしてしまい後に彼の人生を狂わせ、悲劇か待ち受けているのだが。

彼女達は素人やキャバ嬢らと違い割と簡単にヤレたみたいだ。もちろん60分ワンセットは問題外だが、真剣に通う奴にはご褒美があったらしい。もちろん彼女達はプロであり客を通わせる為に手段を選ばない。一人一人境遇に違いはあれど家族に給料の大半を送金している。

そして俺の友人は送金のお手伝いをしていた事が判明!

投稿者: hirospace

約10年間付き合った女性はすべてフィリピーナ そうです、ピン中です(笑) フィリピン観光地・夜遊び情報発信 悩み相談・現地ガイドしてます

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